御先祖と私達と子供達の未来のために、より良い日本を目指します!

子供達の未来

紺碧の空高くひるがえる日章旗 

紺碧の空高く

 

プロフィール 

こいつは自宅にいる「北斗」。俺は単身を解消した2児の父「百式」です。

Author:こいつは自宅にいる「北斗」。俺は単身を解消した2児の父「百式」です。

クリック御願いします!

 

優良フラッシュ 

沢山の方々に、是非とも見ていただきたいです。

 

最近の記事 

 

最近のコメント 

 

最近のトラックバック 

 

月別アーカイブ 

 

カテゴリー 

 

ブロとも申請フォーム 

この人とブロともになる

 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
--/--/-- --:--|スポンサー広告

命が大事 

 先日NHKの教育番組で、「沖縄の方言を沖縄の子供達に教えて沖縄の伝統文化を守ろう」という趣旨の活動をしている方を主人公とした番組がありました。

 私も、古来より続いてきた伝統文化方言は大切だと思いますし、特に琉球民謡沖縄独特のイントネーションが好きなので「う~ん、良い活動をしているな」と思って見ていたのですが、沖縄戦の映像や、米軍との戦闘に巻き込まれて亡くなった方の遺族の映像の後に、最も強調して子供達に覚えさせていたのが「命が大事」という言葉であったことに違和感を覚えました。

 「命が大事」確かにとても大事ではあります。

 TV新聞で「市民団体」と表現される共産系極左系反戦平和団体の常套句に
こどもたちを戦争に行かせない!」というのがありますね。
 母親はこの言葉に弱いのですが、それはそれで良いとは思います。母親の最も大切な役割は、家庭(特に子供)を守ることだと思いますから。
 ただし、忘れてはならないのですが、その子供達はやがて大人になり男の子は父親となって家族を守るという役割があるのです。

 そして、その家族を守るために日本という国があるのです。

 我が子の命や奥さんの命よりも自分の命の方が大事だ!
 と言うご主人や父親を見たらどう思われますか?
 私は情けないと思いますし、家長となる覚悟が足りないと思います。

 日本共産党極左団体(革マル・中核etc)の目標は共産主義革命なのですが、この革命は話し合いや投票では不可能ですから旧ソ連や中国で行われたように必然的に暴力による共産主義革命となります。
 革命を夢見る人達にとっては、その時に「自らの命を犠牲」にして抵抗されたら困るのです。

 つまり革命家の思惑は、自分の命が他の何よりも大事だからと「抵抗しないイキモノ」を造ることなのです。

 けっして表面上の言葉に騙されてはいけません。あなたにも、自分の命よりも大切な者がいるはずです!

 最初に書いた沖縄番組の「命が大事」に話しを戻しますが、先祖から受け継いだ日本の伝統文化と家族を守るための戦いが、大東亜戦争の発端であったことを忘れては本質を見誤ることになります。

 これを読んで何かを感じた方は
クリック御願いします!
スポンサーサイト
 
2006/11/06 17:07|国防TB:0CM:12
コメント
命どぅ宝
と沖縄ではいうのですね。
敗戦の記憶があるので、無理はないと思いますが、
特定の思想に利用されることは県民をあげて戦わないと。
kuni #-|2006/11/07(火) 07:33 [ 編集 ]
僕の町は戦場だった!!
 左の人の方が、自分の意見が通らないと暴力で通そうとするのが得意ですね?
 例えばテーブルの上に靴のまま乗れと誰が教えたのですか?
 自分の方からちょつかいを出して来て相手が本気になると弱腰になるのも彼らの特徴です!
 それは本当の暴力の恐ろしさを知らないからではないでしょうか?

 身障者手帖を持っていると申請すれば駐車違反が免除になるステッカーが貰えます!
 「寄越せ!」と命令して来た方がいます。
 当然断りましたが「(何故寄越さないんだ?)×3」
 「申請すれば簡単にもらえるのにその努力もしないのか?」「現在の駐禁制度が悪い!」(以下略)
鵺娘 #/9u.keZw|2006/11/07(火) 08:44 [ 編集 ]
サクリファイス
まったくその通りですね。自らの命をも投げ打って日本という国を守った兵士がかつていました。その死を「無駄」だの「犬死に」だの
堕して評するのが、いわゆるサヨク達のやり方ですね。そして命を大切に、大切にと二言目には言う。その命とは、「自分の」が付けば
「命を大事に」するがあまり、他人が酷い目にあっていても見てみぬフリをしていいのだ、という根拠を与えてしまう。解釈によっては
恐ろしい事になってしまう。そういう考えが今蔓延してしまっているのではないでしょうか。聖書には「一粒の麦もし死なずば」という言葉がありますが、人の犠牲的精神は尊い、と言う事も教えないといけないと思います。
sesiria #flPMGraQ|2006/11/07(火) 14:55 [ 編集 ]
kuniさん
>「命どぅ宝」
そうです!思い出せなかったのですよ・・・
沖縄の方には、地上戦の記憶や米軍基地問題が有るのでしょうが、冷静に考えていただきたいと思います。

鵺娘さん
好きで傷害を負う方はいませんから、「駐車違反して良い権利」ではなく、「やむを得ない場合には免除する配慮」は必要だと思います。
それを「寄越せ!」ですか?!・・・
>「(何故寄越さないんだ?)×3」
精神に障害がある場合は、車の運転は非常に危険ですよね?

sesiriaさん
>「(自分の)命を大事に」するがあまり、他人が酷い目にあっていても見てみぬフリをしていいのだ、という根拠を与えてしまう。
現在の日本人は、仰るとおりの人が増えていますよね。
更に拡大解釈が広がり、「自分のために他人が苦労をしても恥と思わない」イキモノも増えているように思います。
百式 #-|2006/11/07(火) 21:43 [ 編集 ]
なるほど
 はじめまして、なんちゃって左翼のつよぽんです

一度たりとも革命を経験し得なかった日本ならではの意見ですね。一般的な家族国家論です。 フランス王国という家族を守ってくれない国をフランス人は始末した経験がありますし、イランではパフレヴィー朝という家族を守らない国を倒しましたし、東ヨーロッパ諸国でも同じことです。
ルーマニアを例をあげるなら西ヨーロッパの手先の反東ルーマニア的な売国分子が国益よりも自分の命が大切だと言って誘惑し、国のために「自らの命を犠牲」抵抗させることを忘れさせた、ということです。もちろん、これはミロシェビッチ的な見方で自分はまったく支持しません。他国はこのような歴史があるために国が家族を守ることを絶対的な前提にはしないのです。

目標は共産主義革命なのならば
>つまり革命家の思惑は、自分の命が他の何よりも大事だからと「抵抗しないイキモノ」を造ることなのです。

よりもむしろ革命という目的のためには命を捨てろという教育をします、自分だったら。

ちなみに革マルや中核が出てきたのは、日本共産党が暴力革命路線を放棄したことへの反動なのですが・・・

>聖書には「一粒の麦もし死なずば」という言葉がありますが、人の犠牲的精神は尊い、と言う事も教えないといけないと思います。

なるほど 確かに。樺美智子も国を想うがあまりにデモ隊の最前線に立って命を犠牲にしました。その犠牲も確かに尊い 靖国に奉ってみますか、国難に命をささげた第二の昭和殉難者として
つよぽん #BfiibRWc|2006/11/07(火) 22:05 [ 編集 ]
つよぽんさん
天皇陛下と「利己的な他国の国王」を比較しては、見当違いな答えが出ます。

>よりもむしろ革命という目的のためには命を捨てろという教育をします、自分だったら。
言葉よりも、行動の方が説得力がありますよ。三島由紀夫氏のように。

>ちなみに革マルや中核が出てきたのは、日本共産党が暴力革命路線を放棄したことへの反動なのですが・・・
日本共産党は、破防法の適用を恐れて「微笑み戦術」に切り替えただけです。
極左には、なぜあんなにも沢山の分派が有るかおわかりですか?小さくても良いから猿山のボスになりたいからですよ。

思想が違うあなたとの論戦は、不毛な平行線をたどるだけですから、返事はこれが最後です。
百式 #-|2006/11/07(火) 22:22 [ 編集 ]
残念です
王国という国家システムを挙げたのであて国王という個人を挙げたのではなくゆえに対比の対象は天皇ではありません 最後にこれを訂正させてください

>思想が違うあなたとの論戦は、不毛な平行線をたどるだけですから、返事はこれが最後です。

そう言われてしまえば仕方ないですね。自分もブログの管理人だから円滑なブログ運営のためにはコミュニケーションを絶つことも理解できます。なおかつ、これだけのコメントだけで自分の思想がわかってしまうならなおさらですね。反愛国心ではなく愛国心肯定論者であり一応改憲論者であるため何らかの親和性を見出せたらとは思ったのですが。残念です。
自分の思想は「限りなく祖国を愛したい。だから、限りなく人を愛したい」http://residents-in-japan.blogspot.com/を見てくださればわかります。コミュニケーションを再開できること祈って
つよぽん #BfiibRWc|2006/11/07(火) 22:47 [ 編集 ]
無題
だったら、あの三輪中のいじめ自殺した生徒も(怪童・日狂蛆の為に犠牲となってしまった)靖国に平成の受難者として、合祀してもいいのではないかと思う!
名無し #iJfT/Yh2|2006/11/08(水) 09:21 [ 編集 ]
手をつなぐ子等
「犠牲的精神を讃える」のは間違いだと?
数年前ホームから落ちた人を助ける為、命を落としてしまった人が
ありました。それを賞賛してはいけないと?昔なら車に轢かれそうになった我が子を救うため、自分が死んでしまった母親というのも
結構あった事です。そういう人は自分の命を守る為、見てみぬふりを
したほうが良いというのでしょうか?
その死を讃えるのが悪いというのでしょうか?
どんなに卑怯でも卑劣でもとにかく生き残ればいいのだというのでしょうか?誰だって身を犠牲にするのはたやすくできないでしょう。
自分も相手も助かるつもりで身を挺していたのでしょう。
しかし、本当はその場では考えよりも咄嗟に身体が動いた、ということではないでしょうか?それが人の良心であり、「義を見てせざるは勇なきなり」と言う事なのだと思うのです。そういう行為を褒め称える事こそ肝要だと思います。
sesiria #flPMGraQ|2006/11/09(木) 10:01 [ 編集 ]
おつかれさまです
百式さん、名無しさん、sesiriaさん、論争お疲れ様です。
以前、論争を薦めておきながら、私の戦績やそのときの論破の方法などを明示せずにいたことを反省しております。
すいません。ご容赦を。
いろいろな出来事を書き連ねるとすごく長くなりますので、関連エントリーがあがったときに支援コメントを寄せるようにしますので、平にご容赦を。

1156 #-|2006/11/11(土) 04:34 [ 編集 ]
言いたかったことは
英霊も樺美智子も、国のためという目標のために命を散らした(国難に殉じた)ことに共通性を持ち意味があるのであって、国難で死んだ被害者(空爆の戦死者)とは違います
つよぽん #AXUJ28mU|2006/11/13(月) 12:51 [ 編集 ]
つよぽんさん
樺美智子女史は暴力革命<テロ>の最中に事故死したのであって、靖国の英霊と同列に扱うのは誰がどう考えても詭弁です。
1156 #-|2006/11/13(月) 18:31 [ 編集 ]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://hokutomamanopapa.blog38.fc2.com/tb.php/192-cfc7cfbe

めざめよ日本! 

 

共に応援しましょう! 

南京の真実

 

国旗セット(ご家庭に一本) 

 

「しんぶん朝日」は購読しません! 

 

「立ち上がれ日本!」草の根ネットワークを 

 

リンク 

 

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索 

 

皇位の正統性について 

 

女性天皇は皇室廃絶 

 

Powered by FC2ブログ. Copyright(C) 2007 子供達の未来 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。